Feb 06, 2009

街中でも着れるスノーボードウェア

昔から冬のスポーツ、スキー、スノーボードが好きで、1年に2回以上スキー場に行っている。 5年前から、以前にスキーだけだったが、スノーボードのセットを購入して楽しんでいる。スノーボードセットを購入するのは高価だったが、スノーボードウェアは、カジュアルな服装で街中でも着れるのが嬉しい。それは、スノーボードウェアはスキーウェアよりも安いので二着を購入して交互に着ている。
スノーボードウェアは、様々な種類があります。まず、保温効果のあるダウンタイプ、保温力を調整することができるレイヤーの種類だけでなく、保温と軽さを備えた中綿タイプです。大きさの目安として、ジャケットの長さは骨盤が隠れるくらいのパンツ丈はブーツのちょうど隠れるくらいがお勧め。膝を曲げ伸ばしすると窮屈にして確認して、スノーボードウェアを購入しましょう​​。
 ■故事を身近に感じさせる

 東洋史研究において、宮崎市定(いちさだ)の名は燦然(さんぜん)とした輝きをもって屹立(きつりつ)している。その業績の集大成として、岩波書店から全25巻にも及ぶ全集が刊行されているが、残念ながら現在では絶版になっている。

 名著の声が高い『科挙』(当時、新書判。現在は中公文庫)が最初の出合いだった。科挙とは、隋(ずい)の時代から清まで、1300年もの長い歴史を有する官僚登用試験であり、我が国にも平安時代に導入されている。この世界に誇るべき制度のお陰で、中国は百年に一人というような有能な人材を大量に輩出し続けた。もう十数年も前のことなので詳しい内容は覚えていないが、極めて学術的な内容を扱っているにもかかわらず、まるで現代のルポルタージュを読んでいるかのようだった感覚は鮮明に残っている。

 その著者の遺稿が、未発表のものを含め、没後15年を経て初めて活字化された。抄とある如く、司馬遷『史記』の列伝(人臣の伝記)70巻のうち第1から18までの訳文が、論文と共に収められている。

 古典の場合やはり原文で読むのが本来であろうが、自国の言葉で書かれた『源氏物語』でさえ、門外漢には至難の業。ましてや外国語となればなおさらである。そうなると、訳文の役割はまことに重いと言わねばならない。

 しかし厄介なことにこの訳というもの、才能というより、訳者のセンスに負うところが大きい。われわれが古典を敬遠しがちな傾向にあるのは、どうやら作品の内容そのものではなく、無味乾燥な翻訳に原因があると思われる。

 宮崎の訳文は簡潔かつ平易で、例えば紀元前の伯夷叔斉(はくいしゅくせい)の故事を昨今のごく身近な出来事のように感じさせる。膨大な知識と文章に対する鋭い感覚が、共に備わって初めて可能になる作業である。その意味でも、難解な言葉を羅列して空疎な内容を語る学者とはすでに一線を画している。(宮崎市定訳/国書刊行会・3780円)

                  ◇

【プロフィル】市川亀治郎

 いちかわ・かめじろう 慶応大文学部卒。市川段四郎の長男。今月19〜21日、東京・国立劇場大劇場で「第九回亀治郎の会」を開催。

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 渦巻く愛情や忘れられない恋心を、繊細に歌う。“失恋ソングの女王”と呼ばれるシンガー・ソングライター、柴田淳(34)が今年、デビュー10周年を迎えた。3日には1年9カ月ぶりの新作「僕たちの未来」を発表。愛(いと)しい気持ちや揺れ動く心のひだを、透明な歌声で表現している。

 デビューは平成13年。しばらくヒットに恵まれなかったが、少しずつ、実体験を織り交ぜた曲が共感を呼ぶようようになり、「失恋したら柴田淳を聴く」というリスナーが増えてきた。

 「私自身、恋愛が成就した経験より、片思いの期間の方が長い。幸せな思い出よりも、悲しみや苦しみの感情の方が色濃く残るのかなと思います」。ぶれなく歌い続けて10年。今となっては失恋ソングの女王と呼ばれることは「うれしい」という。「オールマイティーじゃなくてもいい。偏るならとことん偏って、それを貫くのもかっこいいかな」

 新作では、ノスタルジックな旋律に乗せて、〈どうすればあなたを振り向かせられる?〉と歌う「ハーブティー」や、心に秘めた愛情をピアノの弾き語りで表現する「うたかた。〜弾き語り〜」など11曲を収録する。(安田幸弘)

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 ■ヤマの仕事の過酷さや日常生活

 「ヤマ(炭鉱)の語り部」と呼ばれた福岡県出身の絵師、山本作兵衛(さくべえ)(1892〜1984年)の炭鉱記録画が5月、ユネスコの世界記憶遺産に登録された。これを機に、講談社は昭和42年に刊行し、絶版になっていた作兵衛の画文集『炭鉱(ヤマ)に生きる 地の底の人生記録』を新装版で復刊し、7月末に急遽(きゅうきょ)発売した。

 現在の飯塚市に生まれた作兵衛。父の仕事を手伝うため7歳から炭鉱に入って以後、約半世紀にわたり筑豊の炭鉱で働いた。現場から退いた60代半ばに、「昔のヤマの姿を記録して孫たちに残しておこう」と絵を描き始めた。その数は1千点を超える。

 明治・大正・昭和初期に日本経済を支えた炭鉱の仕事を一炭鉱員の視点からとらえた。絵はまったくの独学だが、人間の営みを丁寧に描いており、記録性も高く評価されている。

 画文集には約150点の図版とともに、死と隣り合ったヤマの仕事の過酷さや日常生活が、ぼくとつな文章でつづられている。

 初版は6千部だったが、注目度は高く、わずか1週間で3刷2万部に。同社学芸図書出版部の編集担当者も「あまりの売れ行きに正直驚いています」。

 新たに装丁を手がけたのはイラストレーターの南伸坊(しんぼう)(64)だ。美術専門学校の学生時代に画家、菊畑茂久馬(もくま)(76)の授業で作兵衛の絵を模写した経験を持つ。その思い出のエッセーも新たに収録。「私に絵を描く情熱というのは何なのか、考えるキッカケを与えてくれたようだった」と記している。

 菊畑は福岡在住の画家で、早くから作兵衛の絵に注目し、紹介してきた。このように広く知られるようになったのも菊畑の存在が大きい。彼が新聞に書いた感動的な追悼文も新たに収められた。三重のクリアファイルを比較(講談社・1785円)

 渋沢和彦

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