Jan 23, 2009

夫のクレジットカード

私はずっとクレジットカードを持っていませんが、旦那さんがついにカードを持つようになりました。まだどちらを使用すべきか分からないが、まず、光熱費の請求に使うようにしました。請求書を発行していない分安いので、試してみました。また、大きな買い物をする時クレジットカード払いか、インターネットショッピングで使用することになりました。しかし、1回のカードがあって良かったなぁと思っているのは海外旅行をしたときです。多額の現金を持ち歩くと思わない場合もあるので、そのような場合には便利でした。
今年の就業だけで、今働いている会社は、従業員全員にIDカードが配布されます。今までこんなゴトエウン不慣れなアナログ人間だったのですが、便利さにびっくり。よくレストランを利用するが、財布を持ち歩かなくてもIDカードができるのでとても便利です。財布を持ち歩くのは、やはり多くの人がいるからちょっと怖いですね。
 リーアム・ニーソンが、2009年にスキー事故で妻ナターシャ・リチャードソンさんを亡くしたときのことを、エスクワイア誌で詳細に語っている。

リーアム・ニーソン出演映画『特攻野郎Aチーム THE MOVIE』場面写真

 当時、リーアムはカナダのモントリオールで映画の撮影中。ナターシャさんはモントランブレンのリゾート地でスキー・レッスンを受けていたが、傾斜で転倒し頭を打ってしまった。特に異常を感じなかったナターシャさんはそのままホテルへ戻るが、その後頭痛が始まり、体調が悪化、病院へと運ばれた。知らせを受けて病院へ駆けつけたリーアムはそのときの状況について、「救急へ入っていくと、70〜80人の人がいた。みんな、腕を折っていたり目の周りが黒かったり、治療を待っていた。誰も僕とはわからず、看護師でさえ僕をリーアム・ニーソンだとわかっていなかった。
妻を探して入っていこうとしたら止められたよ。携帯電話を取り出すと、警備員がやってきて使用禁止だと言われた。外は凍える寒さで、どうやって中へ入ったらいいのか考えていた」とコメント。その後、二人の看護師がリーアムだと気付き、中へ入ることができたが、そこで医者からナターシャさんが助かる見込みがないと宣告されたという。「医者たちはみんな18歳くらいの若さに見えた。そこで最悪の……本当に最悪のことを言われてしまったんだ」とつらい現実を振り返った。

 その後、リーアムはナターシャさんをニューヨークの病院に移送したが翌日ナターシャさんは亡くなった。ナターシャさんの死後間もなく仕事に復帰したリーアムだが、「まだ少しショック状態で、ボンヤリしていた。仕事をすることで救われたと思う」と放心状態だったことを明かした。「悲しみというのは奇妙なもので、決して心の準備ができない。泣けば気持ちが軽くなると思うけれど、夜中に急に悲しみに襲われることがあるんだ。散歩に出ると落ち着くが、突然やってくるんだ」と胸の内を語っている。


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 1994年から歌手のマドンナと交際し、彼女との間に娘ローデスをもうけた俳優カルロス・リオンが、主演した新作『イミグレーション・タンゴ(原題) / Immigration Tango』について語った。

 同作は、コロンビア出身の男性とロシア出身の女性の移民カップルが、お互いのビザの期限が切れる前に、アメリカ人の友人カップルの助けを借りて、お互いのパートナーをスウィッチしたうえで結婚してグリーンカードを取得しようとする。ところが移民局の追跡などで、思いもよらぬ展開が待ち受けていたというコメディ/ドラマ作品。カルロスは、コロンビアの男性役を演じている。

 俳優業を始めた時期について、カルロスは「俳優を始めたのは、1992年に俳優養成学校に通い始めてからだった。ただ、ちゃんとした役をもらえるようになったのは、1996年ごろだったよ」と述べ、さらにキューバ人の両親のもと、ここニューヨークで彼は生まれ育ったことも教えてくれた。

 カルロスの両親がキューバ人であるため、今回このコロンビア人役を演じるうえで役に立ったことは「もちろん、この役は僕の感覚で演じたものではあるけれど、ジェスチャーや声の出し方は、僕の父親に似ていたと思う」と父の影響を明らかにした後、「事実、この移民の問題はアメリカでは非常に重要な問題ではあるけれど、どんなシリアスな事もある程度のライトな考え方をしていく必要はあると思う。だから、この映画がメッセージ性のあるコメディに仕上がったのは良かったと思うんだ」と完成作には満足しているようだ。

 現在のアメリカ政府の移民の対応について「僕にとっては胸が裂ける思いだよ。僕の両親は移民だし、この国は移民によって建国している。すべての人が、移民のルーツを持った国でもある。確かに政府の対応も理解できるが、アメリカ人が好んでやらない仕事に従事する人達もいる中で、政府の対応はあまりに無責任だ。もっとお互いが歩み寄って、バランスの取れた解決策があると思うんだ」と彼の家族や回りの友人にも移民が多いらしく、彼にとっても深刻な問題ではあるようだ。

 この後は、マドンナとの関係に話題は移った。まず初めに、1996年に娘(ローデス)ができたと聞いたときは「当時その知らせを受けたのは、トレーナーとしてジムに居たときだった。あれはまるで、自分が子どもを産んだような驚きだったよ! もちろん真剣に交際(マドンナとは94〜97年まで3年間付き合っていた)をしていたから、いつ子どもができてもおかしくはなかったが、生まれてくるとわかったときは、自分は覚醒したような気分になって、今後は自分勝手な生き方はできなくなると思ったことを覚えているよ。ただそんな可愛い赤ちゃんが、今では僕に命令するようになっているけれどね!(笑)」と今でも娘のローデスとの交流をしっかり取っているそうだ。

 エンターテインメント業界では、非常にスマートな女性として知られるマドンナから学んだことは「よく彼女の後ろから、彼女のすることを見ていた。彼女自身は、僕にあえてアドバイスをしてくることはなかったが、彼女の言動を見たり聞いたりしながら、どのように人と接しているかを学んだよ。彼女は常に、自分がこう扱ってほしいと思ったことと同じことを、その相手にするように心がけていたね。つまり相手を敬いながら、自分の主張もしていく姿勢だった」と多くのことを学んだことを語った。

 カルロスはこれまで、テレビドラマ「OZ/オズ」「Law & Order : 性犯罪特捜班」などに出演し活躍してきた。現在は、昔から続けていたトレーナの仕事を続けながら、俳優業も行っている。ちなみに、これからトレイナーを扱ったリアリティ番組も企画しているそうだ。

 (取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)

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